お散歩マップ

終戦後、池田克己が帰郷していたときの詩「村落より」には、龍門の風景がスケッチされています。
なかでも、大阪から大和上市駅に戻り、家路をうたった第七番には場所の名前が記されており、作者の視点を追体験することができます。

※安楽寺は、池田克己の恩師であり、生涯の詩友となった植村諦が、龍門尋常高等学校で教員をしていた時期に住職をつとめていたお寺です。

池田克己「村落より」

第七番

《真昼間大阪で自分は見た
靴磨少年のハローハローを
中華料理屋のペンキの原色を
地下鉄構内の菰かむりの髪の毛を
屋台の上の賭博を
悪臭と喧騒の累々の皮膚を》

 疲れた駅からの五十丁
 月ノ木橋の上でようやく満月
 役場前の急坂で真正面の満月
 火の見櫓も
 一本杉
 まぶしくかすむ雪の満月

   ポケットにラムネ玉 原はもう寝たか
   ラムネ玉にいくもいくつもの月
   鞄に千代紙 道はもう寝たか
   千代紙に雪の花火

 今夜
 青年団の芝居のどよもす国民学校
 銀一色の布田野ッ原を背景
 窓窓明るい
 国民学校

   桶屋の留市は国定忠治 鍛冶屋の
   太蔵は悪代官 疎開のリエは
   売られる娘 寺垣内の三郎は日
   光の円蔵で
   昨日団長が話していったプログラム

山田に雪 芝居の幕は揚がったか

ああ
もう
竜門嶽
頂上の満月

その他吉野におけるゆかりの場所

吉野工業学校

「ふるさと吉野懐古写真集」吉野町文化協会編より

吉野工業学校は、現在、奈良南高等学校吉野学舎となっている場所にありました。
龍門尋常小学校を卒業した池田克己は、吉野工業学校で建築を学び、昭和5年、優秀な成績で卒業しました。

池田写真館

昭和9年(1934)、東京から吉野に戻った池田克己は、下市口で写真館を開業しました。
この場所で池田克己は詩に目覚め、「風池」「豚」といった同人誌を出版し、昭和14年(1939)に徴用され戦地に赴くまで、果敢な創作活動を行います。
はっきりとした場所はわかっていませんが、大淀市史には、岡本本家の斜め向かいに店舗があったことが記されています。情報をご存知の方がいらしたらご連絡ください。