先生の引き出し|梅田なみ
先生の頭の中には宇宙があって
塵や芥に混じって、音の引き出しがぷかぷかと浮かんでいる
先生はレッスンの時、無数に浮かぶそれらの中から
『これかな』とオルタードの引き出しをひょいと取り出し
鍵盤の上にパラパラと落とす
引き出しの中で眠っていた音符は鍵盤にこぼれると手をつないでswingし始める
そしてくるくる回ったり、時には輪が途切れてウエーブになったりしている
私は部屋に漂ういくつかの音をそっとつまんで、自分の引き出しにしまう
そうしてこぼさないように持ち帰る
先生の頭の中には宇宙があって
塵や芥や引き出しの向こうに ブラックホールが見える
先生はコンサートの時たまにそこに手を突っ込み ぎゅいんと何かを引き出す
引き出された黒い塊は鍵盤の上で二つに分かれ
それぞれゴウと唸りながら螺旋を描いて舞い上がる
竜巻になった塊たちは時にぶつかり合い クラッシュし
八分音符の切先が鎌のように飛んでくる
演奏が終わると竜巻はブラックホールに吸い込まれ
壁のあちこちに刺さっていた八分音符も消え
嵐が去った後の舞台には
シルクハットを被った被った先生がただ静かにピアノの前に座っているだけだ
先生の頭の中の宇宙は 音楽の歴史
長い長い積み重ねが塵や芥やブラックホールを生み出した
私の頭の中は真っ白で、まだ数個しか引き出しはない
引き出しはいっぱいもちたいけれど、ブラックホールは怖いような気がする




