応援メッセージ

「龍門が行く」ご一同様より

克己は清明な山河に囲まれた自然と重たい歴史の間(はざま)の地、吉野竜門に生まれ育ち東京を経て、文学の故地中国へと詩人としての志を広げました。

私たちは克己と同じ龍門の地に彼の縁者として生を享けた者たち(+その配偶者)です。

私たちは、今、この龍門の地、克己生家の扇屋跡地のすぐとなりに池田克己記念館が開設された事実を驚きと喜びをもって迎えています。

私たちは、正直申して克己の詩を愛読した者たちではありません。

しかし彼が詩への強い志と中華の文化への憧れをもって、日本が中国への侵略 を進める時代に、上海に移り住んだ事は幼ないころから親たちから強い い印象をもって聞かされてきました。

このたび克己記念館によって池田克己詩集の再版が企画されている事を知りました。克己は上海の地で、日中の文人との文学的交流と詩作に打ちこみながら、故郷龍門への強い思いを決して失う事はありませんでした。

そして敗戦を迎え、中国でしか得られなかった成果の多くを失いながら 、辛うじて命ながらえて吉野龍門に帰ってきました。

克己が文学的に最も旺盛だった時代は、日本がその歴史始まって以来の大失敗をおかした屈辱の時代とぴったり重なります。誰もが自らを語りたがらぬその時代を、克己は詩人という一人の表現者として通過してゆきました。一夜にして価値が反転し、NHK連ドラの「あんぱん」に描かれているように、人々はなんのてらいもなく、あるいは呆然自失しつつ、あるいは屈辱と怒りに燃えながら、敗北に直面させられた時代です。

克己は、そんな時代に、旺盛な創作意欲に駆られながら、一人の詩人として、日常の便々たる世界と日常の彼方に垣間見える世界に等分の想いをはせながら、かかわっていったと思います。

今の時代はロシアやイスラエルなどの強者が弱者を侵略し、トランプのような独裁者が、かつての 「民(たみ)の国」=「合衆国」を支配する、まさに克己が中国に渡航した時代の再来です。

克己の詩作の再刊は、今のまさにこの時代にとっても意義のあることだと感じています。

克己は、敗北を「抱きしめる」(J.ダウアー)ように迎えた日本人の一人だったのでしょう。戦後の混乱の最中、次々と詩作の表現空間、詩作表現の自由な場を創りだすことに奔走しながら僅か40歳で早逝しました。私達がまだほんの子供だったころでした。